1.はじめに
はじめに、技術者でも科学者でもない私が現在の仕事を始めた経緯をお伝えしたいと思います。わたくしごとではありますが、これまで水素とは全く関係のない道を歩んできた人間が、水素社会の必要性を痛感するに至った個人的な体験には、水素を世界の主役にするための鍵が隠されているかもしれません。
私は以前、東京港区に本社を置く自然化粧品メーカーを経営していました。ビジネスの世界に身を置きながら、長らく考えていたことがあります。それは「人生には、今の自分が知っている以上の、何か壮大で深遠な意味があるに違いない」ということです。
その疑問を追求したい思いが極まったある日、私は自分の心の奥底からわき上がる衝動に身をまかせることに決めました。会社をM&Aでたたき売るように手放し、未知のフィールドで多くの学びを得るために、家族とともにアメリカのワシントン州に移住したのです。そこでは、日本での生活では知るべくもなかったさまざまな情報に恵まれましたが、中でも最も衝撃的だったのが、地球環境の劣化の深刻さでした。地球温暖化などという生易しい言葉で表現されるべきではない、生命存亡の危機についてです。折しも、アメリカのフロリダ半島をハリケーン「カトリーナ」が襲いました。そして、気候変動がもたらす被害が現実のものとなり、私の危機感はより強まることになったのです。
それから数年後、私は何かに導かれるようにしてハワイ島に移住しました。自分の存在がかき消されてしまうほどの轟音でトタン屋根を打ち鳴らす激しいスコール。そんな激しい雨の音を、ただ聞いているだけで心が落ち着くという経験をして、自然への畏敬の念が芽生えました。また、木から直接もいで食べるバナナ、マンゴー、パパイヤ、アボカドの味わいは、それまでの常識が覆される、個性に満ちあふれたものでした。
私は、熱帯雨林に建つ小屋でのシンプルな生活を通して、何の見返りも求めずにすばらしい贈り物を与えてくれる地球に、本気で恋をしてしまったのです。そうして、やっぱりこの地球のために何かをしなければという思いが、日増しに強くなっていきました。
そんな時、「R水素」に出会いました。
R水素を広める活動を始めてしばらくしたある日、こんなことが起こりました。
借りているマンションの管理会社から電話があり、私の部屋から階下の部屋に水漏れしているので、すぐに部屋に戻り対処してほしいと電話かかってきました。私が急いでマンションに戻り、部屋に入ると床は水浸しで、洗面所の蛇口の閉め忘れで水が出っぱなし。シンクからあふれ出た水が床にあふれていたのです。
当然、すぐに水を止め、床から水をベランダの方に掃き出しましたが、すでに床下を通じて階下の住民の部屋までに水が漏れていました。私は、階下の住人の方に「すみませんでした。ご迷惑をおかけしました。」とお伝えしました。幸いにも被害は軽微だったそうで、深く謝罪して、その場を離れました。それから管理会社と連絡を取り、入居時に契約をしていた保険で若干の弁償をしたのです。
なぜこんな話をしたのか。それは、自分の行為により人様に迷惑をかけた場合、まず、即時に被害を最小限にとどめ、謝罪し、再発防止に全力を挙げて取り組むのが社会のマナーだという当たり前のことを再確認したかったからです。もし、このような対応でなく、知らんぷりをしたり、効率が悪いので対応できない、自分には関係ない、という態度でいたなら、そこでの人間関係やコミュニティーは成り立たずに崩壊してしまいますよね。
ところが現実の世界では、そのような良識のないことを、私のような一般人よりも、高度な教育を受けておられる政治家や官僚、財界の方々が、それも国際レベルでやっているわけです。気候変動による災害などは、まさしくマンションの水漏れと同じ構図だと言えるでしょう。
われわれ工業先進国の人間が化石燃料を燃やすことで気候変動が起こり、アジアやアフリカの方々をはじめとする世界の同胞、数十億の方々に迷惑をかけているのは、報道で知ることができます。
例えば、2008年5月にベンガル湾で発生したサイクロン「ナーギス」が、ミャンマー南部を中心に13万人以上の死者・行方不明者を出す大災害をもたらしました。現在進行している気候変動の人類への影響を考えた場合、一番にしわ寄せを受けるのが、アジア・アフリカの貧困地域だと言われています。また、ミャンマーのような直接被害だけでなくても、すでに干ばつや洪水による食料の供給不足という形で不幸が襲いかかっています。さらには、地球温暖化対策の名のもとに推進される農業の増産がエネルギー消費を加速し、地球温暖化に拍車をかける、という”負の増幅”メカニズムが始まっています。
我々に出来ることは、これから起きるであろうことを自分の頭で考え、やるべきことをやり、やるべきでないことをやらないことです。このことを、自戒の意味をこめて繰り返す必要があります。大切なのは、難しいことではありません。相手を思いやる「想像力」を発揮することだけです。それにもかかわらず、知らんぷりにしているのが先進国を中心とした私たち。それも、高等教育を受けた企業のエリートや政治家や官僚がしているのです。社会全体に広く浸透した考えそのものが、歪んでいると思います。
2.非科学者の言葉で語るR水素の魅力
R水素ネットワークが進める「R水素社会」では、再生可能エネルギー(Renewable energy)と、それでつくる水素つまりR水素で地球上のエネルギー需要をすべてまかないます。この考え方について、現在の水素を取り巻く事情をよくよくご存知の方ほど、「再生可能エネルギーのキャパシティ、エネルギー効率、法整備、インフラコストなどの問題があるので、さらなる技術の進歩が必要で、まだ先の話だ」といったことをおっしゃいます。
ところが、地球環境は、仮に今すぐにすべての原子力発電所を停止し、エネルギー源を100%再生可能な資源に切り替え、森林伐採を止めたとしても、かろうじて子どもたちに生存可能な地球を残せるかどうか、という瀬戸際にある、と私たちは考えています。と同時に、生命を最も尊重する社会では、生命を守る技術の効率やコストは、改善して行くべき”課題”であって、導入しない”理由”にはなりません。
以上のことから、最も尊い命を支える新鮮な空気や水を一切汚さないだけでなく、地球規模の、生命にかかわる問題を包括的に解決するマスターキーであるR水素は、世界中で、最優先課題として推進されるべきトピックです。具体的な問題と、R水素がそれらを解決するシンプルな理由は以下のとおりです。
[地球共通の問題]
- 1エネルギー資源が限られた場所にしかなく、量的にも有限であるため、奪い合いの原因となり、紛争・難民を生み出し、尊い命が失われている
- 2油田・鉱山開発や資源の運搬、火力・原子力発電ビジネスは、多額の金融・設備投資を必要とするため、一部の巨大企業しか参入できず、利益が独占される
- 3化石資源を消費すると、気候変動や大気汚染で命を脅かす有害ガスを排出する
(理由)再生可能エネルギーは地球上のあらゆる場所に、平等に与えられているため、奪い合う必要がない
(理由)再生可能エネルギービジネスは、風力・太陽光・地熱・海洋温度差といった、多様な、地域固有の資源を使うスモールビジネスたり得るため、参入に巨大資本を必要とせず、中小企業や地域の人々に富が分配されるしくみをつくりやすい。
(理由)R水素は、つくるときも使うときも、有害なガスをほとんど排出しない
[日本の問題]
エネルギー資源を96%外国に頼っており、安定供給の名のもとに、勤勉な国民が長時間労働をして生み出した富が資源国に流出している。もともとあった地域産業から人・もの・金を吸収して成長してきた資源輸入・工業製品輸出型の経済モデルは新興国の台頭により地盤沈下を起こし、日本経済全体が疲弊して地域では過疎化が進む。貧富の差は拡大し、自殺者は12年連続で年間3万人を超えている。にもかかわらず、一般市民の政治への関心は低く、施政は一部の業界と癒着した官僚によって行われている。
(理由)地域固有のリソースを生かすR水素ビジネスは、上記の2の理由により地域経済を再生させ、ボトムアップで、国全体の産業構造を持続可能なものにシフトさせる。R水素社会の実現には政治による判断と立法権の行使が不可欠であり、実現を目指すことで、市民は政治的な感性と行動力を成長させざるをえない。
再生可能エネルギーと水素がくるまの両輪となって、持続可能でいのちを傷つけない社会をつくるのです。無尽蔵ではあるけれど出力が不安定な風力・太陽光発電の余剰電力や、出力が安定している地熱発電の使われていない夜間電力を水素で貯蔵しておくことは現在の技術水準における変換効率であっても、未利用のままにしておくよりも、はるかに有効で建設的です。
水素は、再生可能エネルギーの弱点を補い、可能性を最大限に引き出すことができるのです。
3.今すぐにR水素社会が実現できる理由
R水素社会は、ゼロから新たにつくりだす必要はなく、現在別のところに使われているリソースをシフトさせることで、実現できます。一番便利なリソースは、お金です。つまり、今すぐにR水素が実現できる最大の理由は、足りない効率やインフラや技術を補う資金がある、ということです。
「2008年に日本経済が化石燃料の購入に費やした民間資金23兆円」(※1)
「世界じゅうで、化石燃料でつくられた電力などを安く見せるために使っている助成金 毎年30兆円」(※2)
「日本で、使用済みウランからたった数%のプルトニウムを取り出す計画を実現させるために使われる予算 19兆円」(※3)
ここに挙げたのは、ほんの一例です。
政府予算の使い道を決めるのは、政治。そして、民間のお金の流れを変えるのも、政治です。たとえば民間の資金は、政府の優遇税制やムーディーズなど格付け機関の信用格付けという「ちょっとしたしかけ」で、一度に大量に流れるのです。例えば、「水や空気を汚さない企業」の格付けを上げれば、世界で流通するマネーを「最も尊い命を大切にする」方向に変えることができます。
4.R水素社会を実現させるために必要な、たった一つのこと
R水素社会を実現さえるために最も必要なことは、政治が明確な意志をもって「再生可能エネルギーとそれで創られる水素、つまりR水素でいく」と決断すること。それにより人・モノ・金が投じられ、創意工夫により技術革新のブレークスルーが起こり、ひとつひとつの技術や製品のコストが下がります。今日、私たちの生活に深く浸透している携帯電話やPCがそうだったように。
そのために、市民一人一人が政治的なアクションを起こし、政治に決断をさせるのは、「今」です。大切なのは、一人一人が意識を変えることです。「いつか誰かがやってくれる」という与えられるのを待つ姿勢ではなく、自らの力で創り出していくという意識への変革が必要です。意識が変われば、行動が変わります。
R水素社会は、指をくわえて待っているだけでは、永遠に来ないと思っています。
前回のCOP15 でも、皆さんよくご存知のように、各国の国益とエゴのぶつかり合いで、なかなか建設的な意見が出ず、あのような結果に終わりました。
あの場に出席していた、国の舵取りをする立場にある人もふくめ、まずは私たちが、いったいどこに住んでいるのかを、現在とは違う視点から考える必要があるかとも思います。私たちが住んでいるのは、自分が権利を所有している住宅でもなく、税金を払っている国家でもなく、この茫洋とした宇宙の中の、銀河系の中の、太陽系の中の、地球の中です。大きな生命のサイクルと調和しなければ生きられないことは、言うまでもありません。
ところが、実際には私たちは、一企業や学会、業界、国益の中で考え行動しがちです。そして、人類の歴史の中で長らく続けてきたその意識と行動が、本来必要な調和に反していることを明白にしているのが、現在起きている生命の危機なのではないでしょうか。
同じ地球に住みながら、会ったことのない見たこともない仲間たちに対する思いやりの欠如が、一方で、身近に起きている自分たちの問題の解決を阻んでいるのです。
5.R水素ネットワークの究極のゴール
最近、ヒューマノイドロボットがとても高い評価を受けて注目を浴びています。すばらしい進歩だと思いますが、それとは比較にならないほど測り知れない可能性を、生まれながらにして持っているのが人間です。どちらをより大切にするべきかは、明白ではないでしょうか。
にもかかわらず、しくみを変えることで予防できる戦争や飢えや疫病などで多くのいのちが失われています。今の世界で一番”MOTTAINAI”のは、ネガティブな仕組みのためにないがしろにされている、人間の測り知れない可能性なのです。エネルギーの源である太陽は、誰でも区別なく公平に地球に降り注いでいます。その恩恵を上手に、めいっぱい受けてエネルギーを地給地足できるR水素社会では、(2の項で述べた理由により)今戦争で苦しんでいる人々、飢えや疫病、非識字者の問題が原因で未開発になっている人間の測り知れない潜在能力が解き放たれるでしょう。人類の最大の財産である人的資源のポテンシャルを解き放ち、その資源を共有することで、さらなる、測り知れない大きな恵みが与えられます。
それがR水素ネットワークの究極のゴールです。
R水素ネットワークは今後も、一日も早い「R水素社会」の実現のために、政界・財界・NGOにおけるグローバルなネットワーキングやロビイング、エコピープルへの啓蒙を行っていきます。活動に際し、水素エネルギー協会様をはじめとする、多くの各分野の専門家の方々のご協力を賜ることができれば幸いです。
最後に、このような寄稿文掲載の機会を与えて下さった東京都市大学山根公高准教授や関係者の方々に、深く謝意を表します。
【出典】
※1国連環境計画調査より
http://www.unep.org/Documents.Multilingual/Default.asp?DocumentID=543&ArticleID=5902&l=en
※ 2財務省統計より国立環境研究所集計
※ 3電気事業連合会資料より